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福岡高等裁判所 昭和30年(う)431号 判決

控訴人 被告人 祝己利

検察官 納富恒憲

主文

原判決のうち、被告人祝己利に関する部分を破棄する。

被告人祝己利を懲役八月に処する。

本件控訴事実中第二訴因の事実、すなわち、被告人祝己利が、昭和二九年一二月一七日頃熊本県球磨郡上村役場において係員を欺罔して尾方信夫の転出証明書、農業保有米九俵半保有証明書各一通を騙取し、同日同郡免田町農林省熊本食糧事務所免田出張所長にこれを示して同所長を欺罔し米穀輸送証明書一通を騙取したとの点については被告人は無罪。

理由

弁護人那須六平の控訴趣意は、同弁護人提出の控訴趣意書記載のとおりである。

右に対する判断。

第一点(法令適用の誤)について。

原判決が、被告人は原審相被告人尾方信夫と共謀の上、農家よりその生産にかかる玄米を買受けこれを精米した上宮崎県南那珂郡油津町に輸送販売して利益を得ようと企て、被告人祝において

(一)  昭和二九年一二月一七日頃熊本県球磨郡上村役場において、同役場配給係住本健司に対し「自分は尾方信夫の代人であるが同人は今度日南市油津町に全家族転出するので転出証明書と保有米九俵半の証明書とをもらいたい」旨虚構の事実を申向け、同人をしてその旨誤信させ、よつて即時尾方信夫並びにその家族五名の転出証明書及び農家保有米輸送証明書各一通を交付させてこれを騙取し、

(二)  更に同日同郡免田町農林省熊本食糧事務所免田出張所において、同所長豊永幸人に対し、右騙取にかかる証明書二通を示し「今回油津町に転出するのでこのとおり証明書を持つて来たから米穀の輸送証明書をもらいたい」旨虚構の事実を申向け、その旨誤信した同人をして即座に米穀輸送証明書一通を交付させてこれを騙取した

ものである旨の事実を認定し、これに各刑法第二四六条第一項を適用処断していることは所論のとおりである。

およそ一定の文書が或る内容を有するものとして財産犯の客体たりうるためには、その性質上、直接もしくは間接に、財産上の利益の処分に関係ある事項を含むものであることを要し、かかる事項を含まない文書は、たまたま、所持者において、これを利用して財産上の利益を取得する場合があるとしても、その文書の取得自体は財産犯を構成しないものと解すべきである。

今原判示第二の(二)の本件米穀輸送証明書についてこれを見るに、米穀等の輸送は、食糧管理法第九条同法施行令第一一条同法施行規則第四七条により、同規則第四七条第一項第一号ないし第七号所定の場合を除いて一般に禁止され、同規則第四七条第一項第四号第二項によれば、転居者において、本件のように、オート三輪車により米穀等を輸送しようとするときは、転出した市町村長の発行する転出証明書を持参し、所管の食糧事務所長から当該輸送が正当なものであることを証明する輸送証明書の交付を受けることを要することとなつているのである。

記録によれば、被告人は、熊本県において玄米約七俵を買受け入手して精白した上、本件輸送証明書を携行して宮崎県油津町に輸送し、同町において本件米穀を売捌き利益を取得している事実が明らかであり、本件米穀の輸送が被告人にとつて財産上有利であつたこと、並びに、本件輸送証明書によつて被告人は本件米穀につき財産上の利益を図るため自己の希望する目的地へ輸送しうる形式上の地位を獲得したのであつて、かかる地位は財産上の利益というに何ら妨げないものと認められるところではあるが、食糧事務所長の交付する輸送証明書の内容は、本件米穀の輸送が正当なものであること、すなわち、名義人たる尾方信夫が家族と共に正当に転居転出するものであり、輸送にかかる本件米穀が農家保有米として正当に保有されるもので、右の転居に伴ない輸送されるものであることを確認する旨の観念表示の文書であつて、直接にも間接にも財産上の利益の処分に関係ある事項は全くこれを包含するところがない。かかる文書の不法取得によつて侵害されまたは侵害されるおそれのある利益は、証明書なる紙片そのものにあるのではなく、専らその証明事項の真偽に係り主要食糧の適正な流通の確保による国家行政上の利益であるから、かかる利益は刑法にいう財産上の利益には該当しない。したがつて、本件米穀輸送証明書を欺罔手段によつて取得しても、詐欺罪を構成することはないと解すべきである。

次に、原判示第二の(一)の転出証明書、農家保有米輸送証明書についても、これが欺罔手段による不法取得の詐欺罪を構成する余地のないことも右と同様である。然るに、原判決が、如上各文書の騙取は詐欺の罪を構成するものと解し、刑法第二四六条第一項を適用処断したのは、法令の解釈適用を誤まつたものというのほかなく、この点に関する論旨は理由がある。

なお、原判示第二の(一)の前記転出証明書、農家保有米輸送証明書殊に、同(二)の米穀輸送証明書がいずれも公文書に属すること、そしてそれが被告人の虚偽の申立による内容虚偽のものであることは明かであるが、刑法第一五七条にいう権利義務に関する公正証書の原本もしくは免状、鑑札、旅券のいずれかに当るものとも認め難い。けだし、転居者は転居という客観的な事実の発生に伴い自動的に所定数量の米穀輸送の一般的な禁止を解かれるものであることは、食糧管理法施行規則第四七条第一項第四号の規定に徴し、きわめて明白であり、食糧事務所長において発行する米穀輸送証明書は、さきにも述べたとおり、輸送の正当であることの証明をするにとどまり、輸送に関する権利義務の得喪変更等の証明を目的とするものではないからである。したがつて、被告人の原判示第二の所為は、刑法第一五七条の罪をも構成しないといわざるをえない。虚偽の申立による米穀輸送証明書は、虚無の転居をして真実の転居たらしめ、不法の輸送をして適法の輸送たらしめる効力を有するものではないのであるから、本件輸送証明書による被告人の本件米穀の輸送はあくまで不法であつて、本件はまさに米穀の不法輸送の罪として処断さるべきであるところ、該輸送の事実は本件起訴の範囲外におかれているので、本件においては訴因変更の余地も存せず、本件公訴事実のうち、訴因第二の事実、すなわち、原判示第二の事実は罪とならないものとして無罪の言渡をなすべきである。

よつて、刑訴第三八〇条第三九七条により原判決を破棄し、刑訴第四〇〇条但書に従い、本件について更に判決する。

被告人祝己利に対する罪となるべき事実、並びに再犯の基礎となるべき受刑の事実は、原判決摘示(但し原判決摘示第二の事実を除く。)のとおりであつて、法令の適用は次に示すとおりである。

食糧管理法第九条第一項第三一条同法施行令第六条(各懲役刑選択)。

刑法第六〇条刑法第五六条第五七条。

刑法第四五条前段第四七条第一四条。

なお、本件公訴事実のうち、訴因第二の事実、すなわち、原判示第二の事実は、罪とならないこと前段説示のとおりであるから刑訴第四〇四条第三三六条前段に従い、無罪の言渡をすべきものとする。

以上の理由により主文のとおり判決する。

(裁判長判事 筒井義彦 判事 柳原幸雄 判事 岡林次郎)

弁護人那須六平の控訴趣意

第一点原審判決は法令の解釈適用を誤つたもので此の点に於て破毀されるものと考へる。

原審判決は控訴被告人祝と相被告人尾方が共謀で玄米七俵を買受けた事実を食糧管理法第九条第一項違反と為し更に被告人祝が上村役場に於て相被告人尾方及其の家族五名の転出証明書及農家保有米輸送証明書各壱通を農林省熊本食糧事務所免田出張所で米穀輸送証明書一通の交付を受けたことを以て刑法第二百四十六条第一項違犯と為し刑法第四十五条同第四十七条の適用を為して居るのである。然し乍ら転出証明書、農家保有米輸送証明書、米穀輸送証明書は其の性質上証明書の性質を有するものであつて、それ自体を以て財物と看ることは出来ないものと考へる之れを以て小切手や手形同様に財物として取扱い之れに詐欺罪の成立を認める原審判決は明かに法令の適用を誤つたものと思うのである。更に右各証明書が権限ある公務員に対し虚偽の事実を申告して被告人祝が交付を受けたものであるならば公文書の虚偽記入罪の成立を認むべきものであると考える。更に被告人祝が右証明書の交付を受けた理由は原審判決も認めて居る様に農家から買受けた玄米を宮崎県油津迄輸送せんが為のものであるから輸送違反の罪として食糧管理法の規定の適用を為すべきものと思う。以上の理由からして原審判決は法令の解釈適用を誤つたもので此の点で破毀されるものと考える。

第二点原審判決の刑は重きに失するものと考へるから此の点でも破毀さるべきものと思う。

原審判決は被告人に対し食糧管理法第三十四条を適用して刑の量定を為して居るのであるが被告人祝の供述にもある様に玄米の買受けを為したのは従来の被告人祝の職業が興業師であつたので職業の性質上住居が安定しないのである、被告人の住居が安定しないと今年四月から小業校に入学する被告人の子供の教育も出来ないと考へた末住居を安定させ其処から子供を学校に出すには一定の資金が必要であると考へた末本件犯罪を為したのである。其の結果は被告人の考へと違い運送賃や売捌きに支障をきたし利益を得るに至らないで損害を受くるに至つたのである。勿論被告人には本件以外にも事件があつた様であるが事件後は真面目な生活を為して来たのであるから其の処分に付ても罰金刑のみで充分であり其の上懲役刑をも併科することは余りに原審判決は重きに失するものと考える。

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